ブログトップ

CLINICAL REFLEXOLOGISTへのSTEPS!

reflexfeet.exblog.jp

カテゴリ:◇My inspiration( 17 )

3.11震災が起こった、その意味は? その後の生き方は? 考察へのヒント

今回の震災だけでなく、今まで地球上に起こってきた天災による被害を、必然だと受け入れるには、余りにも大きな辛い出来事だと思います。

今、こうしたことを私がお話ししてしまうと、普段お伝えしているメッセージと違うのでは?とか、起こることは全て自分が選んでおり、 偶然もまた必然では無いのか?

と混乱をきたしてしまうかもしれませんが、私も当たり前ですが現在は今世に生まれ来ており、皆様と同じように修行中の段階の人間です。

こうして起こった出来事に悩み考えること。そして、考えに考えた末に自分なりの答えを探して生きて行くことこそ今世の修行なのではと思っています。

日頃から申していますとおり、修行を楽しくするも苦しくするも自分次第です。

今回の出来事をどのように受け止めて、これから生きて行くのかが大きな見えない存在からの課題だと思います。

日本人だけでなく、世界中の多くの人が今回の出来事を通して、今まで気が付かなかったこと。考えなかったこと。見て見ぬふりをしてきたこと。

知らなかったことに対して、原発を含めて沢山の事実を知り考える必要があったのだと感じます。

(中略)

カウンセリングを通して、沢山の方の人生に触れる度に、人は1人で生きているのではなく、生かし合っているのだと感じます。

自分も皆様にとっても数分後には何が起こるか分かりません。

また皆様が思っている想いも、当たり前ですが、思っているだけでは伝わりません。

私が、今回の震災で感じたことの一つが”感謝の思いは直ぐに伝えよう”ということでした。

(中略)

物も人もいつかは朽ち果てる儚いものです。

無くすこと、離れて行くことを考えるよりも、いつ無くしても後悔しないように精一杯向き合い愛することが大切ではないでしょうか?

自然の自浄作用でもある天災。天災はいつ何時に起こるか人間の力で測り知るには限りがあると思います。

しかし人災の部分は、いかようにも扱う人間の心持で防ぐことが可能です。

今回の出来事を通じて、皆様がそれぞれに感じられたことをそれぞれに紡いでいくことが大切です。

スピリチャルセラピスト 相照心オフィシャルブログ 「2011-6-9 ご質問へのお返事です」 より

いつ無くしても後悔しないように精一杯向き合い愛する、ということ。相照心さんのこの記事を読んで、私の心に深く響いた部分です。私にも無くしたくないものはたくさんあります。こだわっていることもたくさんあります。なるべく持ち物を持たずに生活したいと思いつつ、モノが減るスピードは増えるスピードよりもノンビリです。

そして「無くしても後悔し」たくないのは物だけではなく人間関係でも同じです。身近なところで夫、両親、姉妹、友人、師・・・・、私と彼らとの関係は、今無くしても後悔しない関係であろうか?

後悔しない生き方とは、言い換えれば自分が死の間際に立った時に、あーまた自分の人生を繰り返してもいいなあ、と思えることだろうと感じます。そのためには、相照心さんがおっしゃっているとおりに「感謝の思いは直ぐに伝えよう」という行動がとても大事だということが心から感じられます。

私の心はなんと言っているか? What does my heart tell me?

コレ。
[PR]
by reflexologist_mo | 2011-07-21 22:39 | ◇My inspiration

6月 今年もあと6ヶ月です。

「若い頃は時間が長く感じていたはずなのに…
歳を重ねると、どうして早く感じるのだろう?」

それは、時間の感覚が記憶と深く関係しているようです。

人の時間の感覚は、
より多くの記憶と、6感に敏感であれば
時間をいくらでも拡張することが可能
なようです。
言い換えると、
歳を重ねて時間が早く感じと言うことは…

日常の些細な出来事を過去の経験として捉え
新たな刺激と感動を求めず、
6感全てが鈍感になっているからと言えるでしょう。

人生を出来るだけ長く、より豊かに時間を引き伸す方法は…
「まず、日常の些細な出来事に対し
もっと注意を向け、全ての感覚を研ぎ澄ませること」

重要なようです。
たとえば、
休暇をより長く感じたいならば、
砂浜で昼寝するのではなく、新しい刺激を一杯詰め込むとか。

----- 自然治癒力学校web情報誌【ココロとカラダのインナートラベルズ】2011.6.2 新月号 より ------

マインドフルネスという言葉があります。
これは、仏教から来ている言葉で、この今を100パーセント生きるという意味でもあります。

100パーセント生きるということは、自分の体の中と外、両方に
- 耳を澄まし、
- 目を見張り、
- 皮膚の中と外の感覚を感じ取り、
- ささいな臭いに気づき
- 舌で感じる味や温度や唾液の量を見つめ
- 頭の中に写し出されるとめどない考察、記憶、感情を冷静に観察する
そんな感覚を駆使した状態で瞬間を生きる、ということ。

例えば机の上のペンを右手で拾うにしても、コーヒーを飲むにしても、友達と会話をするにしても、常に全ての感覚を味わい尽くす。それがマインドフルネス(mindfulness)

第6感と呼ばれるナニカを感じることもあるかもしれません。そうじゃないかもしれない。
目を向けてみよう、気づきたい、というような自分の扉を開けて風通しを良くすれば、ナニカさんがやってくるかもしれない。

リフレクソロジーを施している時に、何かがシフトした!と私が気づく時というのは、私とクライアントさんがこんな状態が続いた時なような気がします。そんな意味で、リフレクソロジーとは単に一方的な施術ではなく、共同作業というような気がします。
[PR]
by reflexologist_mo | 2011-06-02 18:43 | ◇My inspiration

科学的根拠に基づいた西欧医療とそれ以外、について思うこと

「ホメオパシー根拠がない」は世界の共通認識 学術会議副会長インタビューを読みました。

事の起こりは、『山口県で昨年10月、助産師にビタミンK2の代わりにホメオパシー療法の特殊な錠剤を投与された乳児がビタミンK欠乏性出血症で死亡したこと』。これをもって、『日本学術会議の金沢一郎会長は24日、「ホメオパシーの治療効果は科学的に明確に否定されている。医療関係者が治療に使用することは厳に慎むべきだ」との談話を発表』

リフレクソロジーなどの療法でも、医療関係者ではないことを常に念頭に置かなければならないのは、基本中の基本です。また、治療するとか、治るとか、勘違いを与えるような使ってはいけない言葉も数々あります。医師へ診てもらうよう薦める必要がある状況を見抜き、薦めることもセラピストとして重要な役割です。

学術会議副会長の唐木英明さんもおっしゃっているとおり、『自ら判断できない子どもや胎児が、ホメオパシーによって医療機関から遠ざけられることは、絶対にあってはいけません。』というのには、私も異議はありません。

また、このインタビューで『科学的根拠がな』く、『治療としての効果がない』ホメオパシーを、医療として取り入れるのは反対と言っており、それは『現代は、根拠のある治療を行うことを原則とする「エビデンス・ベースド・メディシン(EBM)」の時代です。』ということが背景にあるからでしょう。

このインタビュー、それに会長談話を読んで私が感じたのは、国の保険制度の下にあり、国民の税金で賄われている医療側としては、確実に成果を出すためにも科学の根拠に基づいた西欧医学にはっきりと区分けの線をつけ、それ以外を排除しなければならないと強く感じているようだ、ということです。

責任がある、という点で、この考え方は最もだと私も思います。

ではホメオパシーを否定するかというとそうではありません。実際にホメオパシーを指示している人は多く、イギリスの王室にも専門のセクションがあるといいます。

そもそも、
西欧医学とそれ以外というのは本当にはっきりと区別できるものなのか?
科学的根拠があるそのものの根拠は絶対に信頼できるものなのか?
医療とは何か?
健康とは何か?
自分の体についてどれほど知っているのか?
病気になるということはどういうことなのか?
・・・・・等等、考える良い機会ではないかと思います。

医療の全てが科学の根拠に基づき、健康や病気も原因があって結果があるという考え方に基づいていたら?私は、健康があり病気がある人生は、原因と結果があるそれだけではないと思います。その間に、お決まりの方程式や定義では説明できないほどの複雑な絡みがあるはずだからです。

リフレクソロジー界でも、EB(Evidenced Based)を探求しているリフレクソロジストも確かにいます。それでも、分からないけど、なにかが作用してより良くなっているケースの方が断然多いのが事実で、証拠がないから排除ということはありません。

話はコロッと変わりますが、学習するということは自分にはまだ何か分かっていないことがある、ということが前提です。分かっているつもりでいると、それ以上の成長はありえないからです。分からない、ことを受け入れてはじめて自分が勝手に作ってきた境界線が開けるのではないでしょうか。根拠があるから、根拠がないから、というだけで境界線を引き、排除するのはあまりにも短絡的じゃないかとも思えます。

田口ランディさんの『蟲』との折り合いの記事(2010-08-31 12:41投稿)の中で、なるほどと思った部分があります。以下はブログからの引用です。

長く生きているので、病気というものが薬で治るとは思っていない。病気というものの根本にあるものは、私なのである。まさに『私』の顕現である。その、都合の悪い私と折り合いをつけるために、間に存在するのが医者だとしたら……。

私は他人の期待に応えたい。なにかにつけて私が自分を省みずに無鉄砲になるのは、その『私』のせいである。それも『私』であるから、行動パターンを改善して、精神的肉体的なホメオスタシスを取り戻すには、私と対峙しなければならないのである。西洋医療はその手助けはしてくれない。それができるのは、ある種、シャーマン的な素養をもった治療者であるが、そういう人はまれである。

聞くところによれば、ホメオパシーも、多くの人は西洋医療の薬替わりに使っているようだ。西洋医療の薬とは用途が違うのだから、そのように使って効果があるわけがないだろうと思うが、もともと、治るということの意味を取り違えているわけだから、どうしようもない。ホメオパシーをありがたがって万能薬のように使う人は、そもそも大きな誤解をしているのかもしれないと思う。レメディは薬ではない。『蟲』との折り合いをつけるために選ばれた方便であり、その使用にはまず、自分の症状の原因に気づくというていねいなカウンセリングが前提になっているはずである。

病気というのは、ほんとうにありがたいもので、症状について深く考察すれば必ず自分にとって得ることがある。だってそれは、私の分身であるのだから。そのことを知り、共に症状に向き合ってくれる医師は人生の強い味方だ。そのような治療者なくして取り扱えないのが、東洋医療の漢方である。そしてまた、ホメオパシーも似たようなものではないかと思うのだが、確信はない。


分からないことがあることへ向き合い、自分との対峙をするためには、手助けが必要なことが多いのです。自分ひとりで初めから最後まで自分に対峙できる人はそう多くはいません。誰もが他の人を必要としていて、西洋医療従事者にその役割を求めている人も多いのです。補完医療、代替医療従事者が施術の前にコンサルテーションに時間をじっくりかけるのは、より効果の高い施術をするためという意味の他に、自分と対峙するのを手助けするためということでもあります。

学術会議副会長の唐木英明さんもインタビューで認めていますが、ホメオパシーを施す人は 『患者に寄り添い、長時間にわたって話を一生懸命に聞いてあげるといいます。一方、医師は正しい治療を行ってはくれるものの、残念ながら患者の話をじっくり聞いてあげられるような時間は、ない場合がほとんどでしょう。 (中略) 人類の夢と希望を叶えようとすると、医師はさらに忙しくなり、じっくりと話を聞くといった患者のケアがおろそかになりがちになる。仕方がない面もありますが、この悪循環が近代医学への不満を生み出しているのではないかと思います。』

リフレクソロジストとして、この社会にかかわる人として、それぞれの人が何らかの形で(西洋医療でも、書籍でも、テレビ番組でも、宗教でも、飲み会でも、趣味でも、そしてもちろんリフレクソロジーを通してでも・・・)自分と対峙する時間や機会をじっくりと持てることを願っています。






- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
[PR]
by reflexologist_mo | 2010-09-02 17:50 | ◇My inspiration

忘れることを技としよう!

Worry=心配ということばの源をたどると、ふさぐとかむせさせるという意味になるそうです。続いてEunice Inghamはこんな興味深いことを言っています。

不必要に苦しむことを止めない選択を自らして体中に巡るべき健全な循環機能をまさにふさごうとしているのが心配するということ、と言っても過言ではありません。

循環は意のおもむくままに巡る、ともいいます。ということは、不愉快な環境の中でより良い循環を目指すならば忘れる技を訓練するのが良いということになるでしょう。人は忘れてこそ、です。天才の本質というのは、何を忘れていいのか分かっていることでしょう。


Original text
[PR]
by reflexologist_mo | 2009-12-12 02:46 | ◇My inspiration

「贈り物」を磨こう!

リフレクソロジーの本を何冊か(何十冊?)読み通していますが、そのなかでもリフレクソロジーを超えた洞察を持って書かれているのがローラ・ノーマンのThe reflexology Handbook です。その中で、とても印象に残った部分がありました。

Touching is an intimate act. Whether it is a hearty handshake or a tender embrace, when we touch another person, something happens between us. A relationship begins. If we continue to reach out to each other, the relationship grows. We share and exchange, and we are enriched. We may give presents, meals, time, interest, or love, but we are really always giving the same gift - ourselves.

触れるという行為は密接な行為。心のこもった握手や、やさしく包み込む抱擁によって、自分以外の人に触れることによって自分とその人との間に何かが起こります。関係が生まれるのです。そしてお互いにそのまま繋がっていようとすれば、その関係はやがて育まれます。分け合ったり、交換したり、成長しあいます。プレゼントを贈ったり、食事に招待したり、時間や興味あることや慈しみを与えるようになるかもしれません。けれども、実のところあなたが捧げている贈り物はいつも常に同じなはずです。そう、それはあなた自身なのです。


この後続く文には、大切だと思う人たちになんとか健康と幸福をもたらしたいと思ったとき、自身が持っている贈り物を贈るのにリフレクソロジーは完璧なチャンスを提供できるんですよ、と言っています。

つまり、初めて会う人の足に触れることが多いリフレクソロジストは、新しい関係を作る担い手であり、その関係を包み込み育もうという気持ちによって、健康や満足感という贈り物を捧げることができるのだということなのだと思います。また、自分自身というのが既に贈り物であると言っていて、これは実にその通りである反面、その贈り物である今の自分にどっぶりと腰をおろしているだけでなく、磨き続けてこその贈り物よ、ということを忘れてはいけないな、と思ってしまいました。
[PR]
by reflexologist_mo | 2009-11-24 03:25 | ◇My inspiration

わかるわけがない。

施術後の考察、これは考えれば考えるほど分からないことだらけ。

何でこんな反応が出るのかなー。
何でここには反応が出ないのかなー。

悩むこと悩むこと!

施術前にコンサルテーションをして、クライアントのある程度のことは分かるけれど、やはりそれは氷山の中の米粒ほどの塊ぐらいの大きさのことだけで、情報量としては不足極まりないのです。クライアントのことを全部理解するには、その人の生きた時間の分だけの時間が必要。そんなことは無理。

だから、結局は何も分からないだろうということを前提に、理解しようとします。分からないだろうという諦めではなくて、尊重の意味での距離を保つ、というか。

そんなことを最近考えていたら、こんな記事に出会いました。

追記:・・・と、この後に田口ランディさんのブログから興味深い記事を転載したのですが、後からこの記事が削除されていることに気づきました。その背景は私には知るよしもないのですが、何かの事情があってのことだと思うので私のほうでも転載することは控えます。
セラピストとして360度の意見を聞きたいと思っている私には、衝撃的ではありましたがナルホドと思わせる点もあったのですが、多くの人達と共有できず、残念。

[PR]
by reflexologist_mo | 2008-07-18 16:36 | ◇My inspiration

リフレクソロジストと(リフレクソロジストの)アタマ

前々から気になっていたことがあります。それは

リフレクソロジストは指先を使って、キャタクローラー(キャタピラウォーク、サムウォーク)やフィンガーウォークをしますが、クライアントにリフレクソロジーを施すその刺激によって、リフレクソロジスト自身はどのような影響を受けているのでしょうか?

ということ。
親指の先、もしくは人差し指の先は頭部と主に知られていますが、リフレクソロジーの施術をすることによって、私の頭も一緒に刺激されているのかもしれない!と思ったわけです。

この疑問を世界的に有名な、とあるリフレクソロジストへ直接投げてみました。そしたら、

「自分は数あるリフレクソロジストの長寿について、ずっと驚き、不思議に思っていました。親指が脳に与える刺激について科学的に研究されていることも含めると、(長寿と脳との関係は)かなりありうることだと思います。リフレクソロジスト自身への健康の影響についての研究があってもいいはずですね。」

と。頭がよくなる・・・ではなく、長寿でしたか。

そこで、指を刺激するお仕事のピアニストについて調べてみたら、『古今東西「ピアニストにボケ老人は皆無で、しかも長寿者が多い」という医学的通説がある』そうです。そして5人の例を挙げていますが、『彼らはみんな80歳を過ぎても現役であり、まさに”ボケ知らず”で気宇壮大、威風堂々とピアノの難曲を鮮やかに力強く弾きまくり、一生涯の大事業を成し遂げ、燃焼し尽くして天寿を全うした人々ばかりである。』そうです。以上、ココからの引用です。


目指せ!ご長寿リフレクソロジスト!
[PR]
by reflexologist_mo | 2008-07-08 00:23 | ◇My inspiration

指圧・マッサージセラピー

とある知り合いのセラピストさんに「指圧・マッサージ」を施してもらいました。

セラピストもたまには他のセラピーを受けると学ぶことがたくさんあります。
それプラス、自分も受けるのが大好き♪ 

まずはオープニングに私の筋肉の状態チェック。
すると「んん・・・?!」というコメント。

自分のコリの状態を非常によく分かっているので、よっぽどひどいんだなー・・と。
でもここで話をしたら、リラックスできなくなりそうだったので、私「・・・・・」

オイルを使ってグイグイと背中、腰、肩を中心にマッサージ。
先生の手は、厚くて大きいのでこれがすんごい気持ちいい~♪
オイルで流す時に、ホットタオルでジュワーッと抑えられているような
温かさがあって、エンドルフィン放出状態
セラピストは手が決め手!寿司職人のようですね。

それでいて、先生の太い指先はツボにしっかり入っているし、
緊張で締まっている筋肉の緩め方も上手。
押して欲しい肩甲骨下の筋肉、肩、にはゆっくり丁寧にグイグイ。

分厚いホッカイロの手を額に当てながら、もうひとつの手は「合谷」ポイントをキュウーッ。
もしくは「丹田」と額に手を置いてホッカイロ熱でリンク
マッサージの時には私は血圧が下がって、大抵ブルブルと寒くなるのですが、
このときには全身ポカポカしてきました。

全工程1時間。
みっちり、しっかりマッサージしてもらった結果、予想どうり
「かなり緊張が高い!これではいかん!」

先生は私の仕事も知っているので、この緊張状態が仕事から来ていることも理解されていますが、あとは潜在的に完全主義ということにも触れていておりました。

確かに、私はどうでもいいことは面倒くさいと放っておくのですが、きっちりしたいことは徹底的に追求しますね。はい。日常のリズムはキッチリしたいことの部類に入るため、結果、毎日が完全主義に入っているのかも。よって毎日緊張・・・。

マッサージが終わってからも余韻がずいぶん続いて、その気持ちよさ、心地よさを感じ続けていられます。勉強や仕事は通常通りに続いているので、筋肉の状態が緊張しなくなるというのは無理な話ですが、それよりも頭の中での「気持ちいい感」が続いているのは自分でも驚き。

自分のリフレクソロジーのクライアントでも、そんな風に感じてもらえたらいいな、と考えさせられました。

実は肩を痛めてしまって、この先生にその相談をしたら、肩というよりも全身の筋肉を緩めたほうが治りも早いはずだ、というアドバイスを下さったのです。確かに、施術後はだいぶ痛みも和らぎ、腕を回せなかった範囲がだいぶ狭まりました。

この指圧・マッサージ、週に1回のペースで数回続ける予定。
次回のアポが今から待ち遠しい!
[PR]
by reflexologist_mo | 2008-05-18 02:45 | ◇My inspiration

ボランティアワークの進展

週に一度、老人ホームへボランティアで仕事しています。

ボランティアなんてやったことがなかったので、始めるにしてもどのようにしたらいいのか、突然ドアをノックしてボランティアをやりたいのですが・・、と言えばいいのか、などなどと思い巡らしていた一年以上前のこと。そんな時、巡り巡って老人ホームで実際にマネージメントの仕事をしている人と出会い、そのおかげで話は着々と進み、毎週快く通っています。

「リフレクソロジア(=リフレクソロジー)」なんて戦中、戦後を苦労して生き抜いてきたご年配の方々は当然知るよしもなく、「足のマッサージのヒトが来たよ!」とマネージメントの方や看護婦さんが私のクライアントになるお年寄りの耳元に怒鳴っていても(聞こえない人が多い・・・)、「ま、いっか・・」と私もいちいちうるさく訂正はしません。

前々から悩んでいたことがありました。それは、とある方がものすごくリフレクソロジーを気に入ってくれて、また来週も、また来週も!と熱意をもってくれるのです。私としてはできれば新規の人を優先する姿勢で施術してきたので、気軽にオッケイできず、マネージメントをしている友人も「もう彼は何度も何度も受けているんだから終わりよっ!」と。

これを聞いてちょっと考え込んでしまいました。
だってこの施設にいるお年寄りのためにわたしは来ていて、そのお年寄りの人が関心を持っていて喜んでくれているのならば、何回でも何十回でもセラピーを受けたらいいではないか、という気持ちがあったからです。

この友人は私のボランティアのためにリフレクソロジー(もしくは安易に言うと足のマッサージ)に関心のありそうなクライアントを用意してくれているのだから、彼女は状況に応じてできることを精一杯やっているだけ。だったら状況を変えれば、その対応も変わるはず。

ということで週に一時間だけ、と決めていたボランティアの時間を一気に一時間半に増やしました。そうすることで新規のお年寄りにもチャンスが広がるし、またリピートしたい、というお年寄りにもセラピーを受けるチャンスが広がるというもの。

・・・頑張ります。
[PR]
by reflexologist_mo | 2008-04-18 03:51 | ◇My inspiration

リフレクソロジー+(プラス) という考え方。

リフレクソロジーは、
①そのものだけでも十分効果が得られる、こともあるし、
②+(プラス)何かで、さらに効果を上げる、こともあります。

ここでは②について追求。

【+(プラス)何か、のかたち】
例えば
f0011208_0463555.gifセルフケア 
リフレクソロジーはホリスティックにアプローチするので、施術後のアドバイスは様々な内容となります。ビタミンCを多く摂りましょう、とか、ストレッチをおススメします、とか、多忙を極めていることが問題の要因となっている人には気分転換をすすめたり、など。

f0011208_0463555.gif他のセラピー
他のセラピーとリフレクソロジーを組み合わせることは、基本的に注意が必要です。
セラピストがきちんとした知識と経験を持ってアドバイスすることが望ましいです。

f0011208_0463555.gif場合によっては医療的な診断や治療
クライアントの状態が医療的な診断を必要としているかどうか、見極めることがリフレクソロジストに求められることもあります。解剖生理学、病理学を修得している必要がリフレクソロジストにも求められるのはそのためです。

【+(プラス)何か、までのプロセスの一例】

f0011208_0463555.gifクライアントの健康状態、生活習慣などをできるだけ理解する。一度のコンサルテーションだけでは得られない情報へも耳を傾ける。
f0011208_0463555.gifリフレクソロジーの施術中に起こった反応、施術後にクライアントからのフィードバックを収集。
f0011208_0463555.gifコンサルテーションから得られた情報と、施術から得た情報をもとに分析。アドバイス(もしくは施術)

【考察】

リフレクソロジーは身体全体に働きかけるセラピーです。
初めに挙げた①のように、そのものだけで効果が出る場合もありますが、何にでも限界があるように+(プラス)何かで相乗効果を得られることも確かにあります。

リフレクソロジーを受けようが受けまいがに関わらず、普通は身体は常に何らかのバランスをとろうとしています。首がこれば、首をのばしてリラックスさせようとし、体内の水分が足りなければ喉が渇いておのずから水を飲もうとします。身体が脳中心の生活になって無理をすればするほど、身体の声を聞く能力が低ければ低いほど、身体はバランスを崩し、よって不健康な状態になって行きます。

リフレクソロジーによって、崩されたバランスをある程度はもどすことができるとは思いますが、それでも、首をのばしたり、もっと水を飲んだり、1日10分瞑想をしたり、など、ほとんどのケース、生活改善により身体の良い状態のバランスが向上します。リフレクソロジーを受けようが受けまいが、本来は自分で自分の身体の声を聞いて自然に従うことが一番いいのですが、リフレクソロジストに出会う機会があるのであれば、役立てられるような客観的なアドバイスしてあげられたら、と思います。

ホリスティックにアプローチするリフレクソロジーは、常にリフレクソロジー+(プラス)であるべきなのかもしれない、と思います。
[PR]
by reflexologist_mo | 2007-10-12 00:35 | ◇My inspiration